僕の前世の話(渡世人・ヤクザ 編)

僕の前世の話(渡世人・ヤクザ 編)

今日もまた前世の話です。

前回は芸妓でしたが、その前は何だったのでしょう?

 

僕の前世の話(芸妓・芸子編)

な、な、なんと、その前は渡世人だったのです!

 

渡世人ってなんなのか、ご存知の人も少ないと思いますが、

Wiki的には「江戸時代の、ばくち打ち、ヤクザ」となっておりますですね。。。汗

 

「なんで、そんなことやってたんだよ!」

って思われる方もいらっしゃるでしょうが、

「知らんがな!」って感じでして…、

それが自分の「運命の筋書き」なのですから仕方ありません。苦笑

 

ま、とはいえ、今回も作家志望だった僕の創作(フィクション)だと思って読んでください。

こういう話なので、一部の人に伝わればいいかなと思っております。

 


前世を知ってもなんにも意味はないです

そもそも前世ってあるの?って思った人はまず、こちらをどうぞ。

以前のブログ記事です。

 

前世や生まれ変わりはあるの?科学的に検証!

というわけで、ここでは前世は「ある」という前提でブログを書かせてもらいます。

 

しかし、次に疑問に思うのは、

「仮に前世があるとして、それを知って意味があるの?」

ということ。

 

僕は、「意味は無い」と思っています。

 

なぜなら、前世は間違いなく、今の自分に影響を与えていますが、

だからと言って、前世を知らなくても今の人生を楽しむことができるからです。

 

そもそも、前世を知らなくても大きく損することってないです。

少なくとも自分の場合はそうです。

 

過去生は今生で再体験しないように仕組まれている?

仮に前世を知っていることにメリットがあるとすれば、

「自分の適性に素早く気が付ける」ということでしょうか?

例えば、過去生で大工だったら、今生でも大工になれば才能が発揮できるとか。

 

いやいや、特性があっても、それを好きになるかは別問題ですからね。

適性があっても、それが嫌いだったら、結局それをしませんから、メリットにはなり得ません。

 

例えば、僕の場合は、前世で芸妓をしてましたから、三味線など伝統芸能をやれば上達したかもしれません。

まだブログには書いてませんが、竹細工職人だったこともありましたから、

まさに、伝統工芸の職人の世界に行けば良かったかもしれません。

 

でも、前にも書きましたが、三味線を見たり、三味線の音を聞いたり、

あと日本の伝統芸能を見ると、なんだか暗い気持ちになるんですよ。苦笑

 

竹細工なんかも、確かに僕は子供の頃から手先が器用で、折り紙とか大好きでしたが、

そもそも「竹」が嫌いなんですよねー。笑

竹を見ると、暗い気持ちになるんです。

 

僕の場合は、前世で経験したことは、たいがい全部が(なんとなく)好きじゃないんですよねー。

不思議なことに。

 

ましてや今回ご紹介する「渡世人」なんて、今でいうところの「ヤクザ」ですからね。

ヤクザ、チンピラ、ヤンキーは大・大・嫌いですから。笑

そして、パチンコや競馬などのギャンブルだって、子供のころから大嫌いでしたし。。。

 

僕を上から操る、僕の心の中の潜在意識の、そのまた最深部みたいなところで、

「今生では、前世と同じようなことをさせずに、別のことを経験させよう」

としているのかなと思ったりします。

 

なので、例え前世を知っていても、

今生での自分の目的に知らずと誘導されますから、

結果として、意味が無いんです。

 


ぼくは小さくて貧しくて弱い者の味方だ!

本題に入りましょう。

時は江戸時代の中期、1700年代かと思われます。

飢饉のあった時代ですねー。

 

前回同様に庶民に生まれた自分ですが、正義感が強かったようです。

正義感と言っても、そこは今の自分と同じく「判官びいき」、

つまり庶民の味方、強くて大きいものをくじく弱い者の味方です。

 

そうなんです、僕って、善悪は別として、常に弱い者に共感しちゃうんです。

例えば、貧しい老人が万引きしたりする事件なんかTVで見ると、

それくらい通報せずにタダでやっちまえよ!とか思ったりします。苦笑

 

そういう自分でしたから、当時もお上(おかみ=政府)が大嫌いだったんですねー。汗

大きな飢饉があって民衆の不満もたまりやすい時代ですから、なおさらです。

 

結果として渡世人というヤクザな世界に入っていくわけです。

親からも見放されますが、確固とした自分自身の考え方を持っていたのです。

 

しかし、当時の渡世人というのは、現代ヤクザの前身などと言いますが、

リアルに「庶民の味方」という側面あったのです。

 

ろくでもない役人から嫌がらせを受けている人々を守るという役目です。

まあ今でいうところの用心棒ですけどね。。。汗

でも現代よりも健全だったように思います。

カネではなく、義理と人情でやっていた部分が多いように思います。

 

そういった(一見して)弱いものの味方のような渡世人に憧れを持っていたようです。

しかし、状況は少し異なりました。

 

体育会系が大嫌いな原因がここにある…?

その世界には、弱肉強食的な上下関係がありました。

僕は長らく下っ端でした。

なぜかというと、渡世人であるにもかかわらず、ケンカが弱かったんですよね。笑

 

実際、現代のぼくも格闘技はまるでダメです。

学校体育で習う剣道や柔道、勝った記憶がありません。笑

 

とくに柔道では、どんなに小さな友達すら投げ飛ばすこともできませんでした。

高校当時は部活で筋トレをしていて、筋力は人よりもかなり強かったんですが、

不思議なことに、だれ一人投げ飛ばせたことはありません。苦笑

(逆に、守りは強かったですけどね。。。)

 

ましてや当時は剣術と柔術の世界ですからね、それがまるでダメだったら、

そりゃ、上には立てません。

 

まあ、どこの世界でも上下関係はあるんですけど、そういう世界ですから、より厳しいわけです。

上の人間のご機嫌をうかがって、へいこら生きている感じ。

この感じが、なんだか高校生までの自分とダブるんですよね。。。苦笑

 

体育会系の絶対服従の世界ってあるじゃないですか。

理不尽なことがあっても、甘んじて受けることが美徳みたいな、おかしな世界。

あれが、とことん嫌いな原因がここにあったのです。

 

実際、野球が大好きで草野球ばっかりして「野球部より上手だ」って言われてましたが、

絶対に野球部には入りませんでしたからね。

ケツバットとか、バカじゃねえの?って思ってましたから。

 


頭を使ってのし上がる「口入れ屋」という商売

というわけで腕力ではかないませんから、自分の場合は頭を使うんです。

まあ、商売ですね。

頭を使ってのし上がっていくにはお金も必要ですから、商売をするんです。

 

ところで「口入れ屋」ってご存知ですか?

これは現在でいう人材派遣会社ですが、

昔は渡世人など怪しい人たちが取り仕切っていたんですよねー。(今もそうですが。汗)

 

ここもまた現代の自分とダブることがありまして。

僕はITのエンジニアですが当初は派遣社員をやっていたこともありました。

その頃は、派遣のエージェントや派遣会社に対しては

「この、中間マージン大量搾取の人身売買業者め!」

くらいしか見てませんでしたからね。苦笑

 

実際、大手企業への常駐で200万くらいのギャラが、

本人の手に渡るころには2,3社から搾取されて、

60万くらいになっていたりするケースもザラにある業界です。

 

つまり、二人くらい派遣で取り次げば、

毎月なにもしなくても100万円以上入ってくるおいしい商売なのです。

正直、IT業界の、この体質が嫌いだったんです。

(エンジニアよ、自立しろ! 笑)

 

結局、口入れ屋ってのも本質は同じなんですよね。

楽して儲けるにはうってつけな、アコギな商売なんですよ。

悪い奴らが手放すわけないじゃないですか。苦笑

 

 

渡世人から岡っ引きへ!?

さて、渡世人というのは、そもそも「ばくち打ち」ですから、イカサマもやりますよね。

時代劇でよくやっていますが、サイコロにインチキして、決まった目しか出さないようにするヤツ。笑

まあ、それ以外にもイカサマの方法はあったようですけどね。

 

でも、そういうことをしていれば、だんだんと「なんだかおかしいな」と思うはずでして。

弱い者の味方という側面よりも、そういった部分で自己矛盾を感じてくるのです。

口入れ屋だってそうですよね、中間搾取って気持ちの良いものじゃありません。

 

さらに、年を追うごとに自分も立場が上になってきますからね。

長くやっていれば子分もつくわけです。

 

そうすると、子分らの手前、もっと「格好の良い自分を演出しなければならない」と思い始めます。

そこで当時の渡世人の裏・出世コースが、いわゆる「岡っ引き」の世界です。

※出世コースというか当時の定番というか、そういう選択肢もあったって感じですね。

 

ちなみに、岡っ引きというのは、役人ではありません。

当時のお役所に仕える、民間の見回り隊みたいなもんですね。

役所からお金をもらって、街の秩序を守るお手伝いをしていたわけです。

用心棒は用心棒ですが、お金出してるのが役人ですから、まあ、健全かな?って感じです。

 


警察にだけはなってくれるな!父の言葉です(笑)

しかし、ここでも面白い話があります。

現代の自分の話ですが、僕の亡き父は、僕が子供時代に、

「警察にだけはなるな」と言っていたんですよね。苦笑

 

いわゆる警察権力が嫌いなようです。

まあ昔の人ですし、学生運動世代ではないですが、自称インテリの父ですからね、

少し「左がかったこと」をたまに言います。

 

なので、ぼくもそれを真に受けて、実は警察が大嫌いなんですよ。笑

 

ただ単に、意味もなく嫌いってわけでもないんですが、たまたま、僕の同級生で警察になった人、

申し訳ないけど、人として、ヤバイやつが多かったんですよね・・・。苦笑

それもあって、公務員という選択はあっても、警察だけはないなと思っていたんです。

警察学校とかの話を友達から聞くと、そこもまたヤバイ話しか聞きませんしね・・・。苦笑

 

というわけで、ここでも見事に、過去生でやったことは今生ではやらせないように仕組まれる法則が発動しているんです。

あ、もちろん、そうじゃない人もいると思いますよ。

前世でもやっていたことを今生でもやり続けて日本一、世界一のプロフェッショナルって人もいるでしょうし。

あくまで、僕の場合です。

 

前世の葛藤は今生でもやってくる

その後、岡っ引きをする自分ですが。

そこでも葛藤は止みません。

 

例えば、役人の手助けをするふりをしつつ、

自分たちの仲間を優遇するなんてこともできるわけです。

役人と結託して、悪い事だってできるわけです。

 

しかし、それはしてはならない。

とはいえ、是々非々でやっていけるような世界でもない。

時には、悪いと知って、悪いことをすることもある

 

結局、今まで渡世人の世界にいて、弱いものを助けることもあれば、悪いこともした。

その渡世人の世界を取り締まりつつ、一方で、役人の手助けをするわけです。

またしても矛盾に襲われるのです。

そこを、もしかしたら当時は、自分の中で消化しきれなかった部分があったのかなと思ったりします。

 


過去生で越えられなかった壁を超えること

人生の意味は分かりません。

でも、人生の筋書き(グランドデザイン)は99%存在すると思ってます。

でなければ、こんな偶然、ありえないでしょう?って思うことが多々あるからです。

 

それを考えると、何らかの目的で今ここに生かされてると思わざるを得ません。

でも、その目的はきっと自分の心の深いところにあって、なかなか取り出せないのだと思います。

なので、なるべく心の声を聴くようにして、自然に生きて、心の声に従っていくことで、

本来の目的に巡り合えるのだと思います。

 

しかし、時として壁は立ちはだかります。

それが、先ほどの心の葛藤だったりするのです。

 

その葛藤は、それが越えられなかった時には、きっと来世に持ち越しになるのではないかと思っています。

なぜなら、僕の前世で起こったネガティブなことは、見事に今生でも起こっているからです。

これをカルマと呼ぶのかもしれません。

 

前回の芸妓であった時代に、配偶者から裏切られるという事件、

その人間不信という壁は現在でも常に心に湧き上がっており、

なんとしても今生で乗り切らなければなりません。

 

渡世人と岡っ引きの双方を経験することで生まれた罪悪感、

これもまた現在でも八方美人な自分として表出しており、

超えなければならない壁として存在しています。

 

人の人生も花の人生も同じシステムだと思う

なぜ、なんのために、そんな壁が訪れるかはわかりません。

人生は勉強?

でもなんで勉強する必要があるの?

試練?試験?

それって人間の人生に必要なの?

だれが、その必要性を作り出しているの

 

その辺はわからないんです。

 

でも、それを超えると楽しいことが待っているので、超えようとするんです。

結局、そこです。

 

なので結局のところ人間って、楽しく生きるために生きているようなものなんですよね。

今はそのように解釈しています。

 

花と同じですよ。

種の時は地上に出たくてワクワクしながら待ちます。

そして目が出て花を咲かして人生最高の「ひと時」を味わいます。

その後は種を残して、さらに良い人生を期待して発芽を待つのです。

 

一方で、芽が出て成長したら一部の葉っぱが病気になっちゃった。

花が1つ折れちゃった。

そういう場合は次の種に課題として残すんです。

病気にならないよう、折れないように丈夫な遺伝子を作り出すんです。

 

人間も究極的には、その繰り返しのような気がするんですよね。

全ての生き物は同じシステムで生かされているような気がするのです。