高学歴ニート VS 林修(やりたいことやればいいという話)

高学歴ニート VS 林修(やりたいことやればいいという話)

タヌコやコロリは自分の要求を自ら満たせませんので、

本当に自分のやりたいことはできてるのだろうかと不安になります。

なので、要求するときはなるべく聞いてやるのですが。

 

しかし最近タヌコがよく鳴くので何がしたいんだと気になってまして。

その時、ふと床暖房を付けたらパッタリ泣き止むという…。

つーか、犬って寒がりだっけ? おかしくね? 笑

 

高学歴ニート VS 林修を見た

先日、「林修の初耳学」を見てましたら、高学歴ニート VS 林修と題して面白いコーナーをやってました。

初耳学ってふだん見ないんですが、その日はたまたま見たんですよねー。

番宣がおもしろそうだったので。

調べたら、youtubeにもありましたけどね。

 

 

ちゃんと働かずにニートをやってるという、早稲田大学とかの高学歴の若者が何人かいまして。

彼らに対して林修氏が講義をするというコーナーです。

割と面白かったです。

林先生の言うことも、(一部を除き)とっても納得のいくものでした。

 

「やりたいことをやろう!」という風潮を消したくない

最近「やりたいことやろう」という風潮が世の中に生まれつつあります。

これ、すごくいいことだと思っています。

僕の子供の頃には考えられないことでした。

誰もが「やりたいことをやりたい」に決まってるわけですからね。

 

一方で「やりたくないことをやらなければならないこともあるんだよ」っていう人いるんですが、

そりゃーもちろん、そうなのですが、

でも最初からあきらめてしまうほど夢のない人生なんてないわけですよ。

 

例えば、「自分探しの旅は20代までだ」という人もいますが、

それって、その言葉の背景に何があるかというと

「30歳超えてフラフラしてたら信用されなくなっちゃうよ」

とか

「20代をダラダラ過ごしてったヤツなんてどこの会社も採用しないよ」

とか、

親切心があるのです。

でも実際は、可能性の芽を摘み取る、かなり余計なお世話的な発言なんですよね。

 

なんだかんだ言って親はいい顔しませんよ

しかし「やりたいことができるのは20代までだ」と言われたら、夢のない話ですよね。

一生やりたいことをやってればいいじゃないですか?

そういう発想にならないのでしょうか?

 

とくに、それができる環境の人もいますよね。

例えば、親が全面的に援助してくれる人とか。

この点、林先生も「親のすねをかじれるならかじれ」って言ってましたけどね。

 

でも、親も建前では言うんですよ。

「人に迷惑かけなければ好きなことをやればいい」と。

まあ、ウチの親もそう言ってしたけどね。苦笑

 

とはいえ、内心では

「いい大学に入ってほしい」

「いい会社に就職してほしい」

「とにかく普通に無難に生きてほしい」

って思っているわけです。

 

そういう部分って、子供に隠してるようでも顔や言葉に出ます。

親の本音と建前なんて、子供とはいえ、よーくわかってるんですよ。

そういうところで親の顔が頭にチラチラして子供は人生に迷うわけです。

 

年収900万円以下は社会インフラのフリーライダー?

基本的に、林先生のTVでの発言に大きな反論は無いのですが。

2点ほど気になったんですよね。

どっかの学者の説を引用してきて

「年収900万以下は社会インフラのフリーライダーだ」

と言ったこと。

 

そもそも日本の社会は相互扶助の仕組みで成り立っているんですけどね・・・。

生活保護もそうですし、年金や健康保険もそうです。

そういう貧富の差があることを前提に、ある程度均等に均す仕組みで成り立っているのです。

 

それを考えれば、フリーライダーだの云々言っても意味がないわけでして。。。

意味がない事をTVで言うなよと。

そういう発言で「金持ちがエライ」みたいな、ロクデモナイ価値観を助長してしまうわけです。

税金をたくさん払ってる人は「偉い人」とかじゃなく「税金たくさん払ってる人」なのです。

 

やりたいことをやってる人の社会的評価をさらに落とすのか?

昔はぼくも「やりたいこと」をやってました。

「なにかを目指す人」をやってましたねー。

まあ、目指したものはすべて、まったく芽が出ませんでしたけどねー。

 

当時は色んな人がいましたよ。

漫画家を目指す人、お笑い芸人を目指す人、脚本家を目指す人、放送作家を目指す人、などなど。

なにかを目指す人と一緒にいるだけで、ワクワクしたものです。

 

でも、正直なところ、目指す人である以上社会的な評価は低いです。

事あるごとに親には泣かれましたしね。

友達にもバカにされましたよ。

 

なので、ここでTVで「フリーライダー」ガー、とか「生産性」ガー、とかどうのこうの言っちゃうと、

余計に、「目指す人」が思う存分に目指せなくなってしまうのです。

家族もいない、一人でバイトして夢に向かって頑張って、そこに非難すべきことは何もないと思うんですけどねー。

 

やりたいことやる人ばかりになったら社会が成立しない

もう一つ納得がいかないのはこの発言。

「やりたいことをやる人ばかりになったら社会が成り立たなくなる」

これに対して生徒が良いこと言いました。

人それぞれ個性があるから、やりたいことはうまい具合に分散する、と。

いや、まさにその通りだと思うんですけどね。苦笑

 

そして林先生は、そもそもやりたいことをやっても「食っていけない」という一言で片づけちゃったんですが。苦笑

さらに、「やりたいことじゃなくて、できることをやれ」と。

まあ、そりゃそうなんですけどね。苦笑

ていうか、食えなくなったら、否が応でも、できることをして食いつながなければならないわけです。

なのに最初から「できることをやれ」と言うのも、これまた夢が無い。

 

そもそも、何処の学者の説か知りませんが、所詮「説」なわけでして。

そんな、「社会が成り立たない」とか、可能性の低い極端な例を出しても意味がないわけでして。。。

社会は全体として、自ずとバランスをとるものです。

机上の学者の思考実験で無駄に不安になっても時間の無駄なのであります。苦笑

 

ちなみに、後日談として林先生がおっしゃった「日本から出ていけ」発言は訂正されてましたね。

「日本から飛び出していけ」という意味だったと。苦笑

まあ、ぼくは、その点に関しては、どっちでもOKだと思ってたんですが。。。

しかし、そこが世の中では炎上ポイントだったみたいですけどねー。苦笑